法務パーソンは何のために存在するのか? 友澤: 早速ですが、皆さんに「私たち法務パーソンは、何のために会社の中に存在すると思いますか?」 という問いを投げかけたいと思います。
友澤: チャット欄には「会社や利益を守る」「ビジネスを加速させる」「リスクを回避する」等の回答が集まっていますが、登島先生の考えをお聞かせください。
登島: この問いに正解はないという前提で、私の基本的な考え方をお話いたしますね。第一法規さんで出版されている雑誌『会社法務A2Z』2022年4月号の巻頭の“経営法談”に「現場に寄り添う」 というタイトルで寄稿させてもらったことがあります。そこで書いたことなのですが、実は私、企業法務担当者らがしばしば用いるこの言葉があまり好きではありません(笑)
企業法務の担当者は、営業、開発、製造といった他の職種と同様、ビジネスを前に進めるために会社の中に存在しています。現場のため、会社のために仕事をすることは、自身の職責として当然のことです。「現場に寄り添う」という言葉を使うこと自体が、現場と法務の間に垣根があることを前提とした、外から目線の言葉だと思います。 社外の弁護士事務所の人ではなく1つの同じ会社の中にいるワンチームのメンバーなのだから、「寄り添う」とか「寄り添わない」とか言っている時点でおかしくないですか?というのが私の考えです。
ただ、「ビジネスを前に進めるために会社の中に存在する」という点のみにフォーカスすると、「それは法務でない他の職種でも同じですよね?」ということにはなりますよね。では「法務特有の存在意義というのはどこにあるんだろう?」というところを次に考える必要があるかと思います。
友澤: では、またさらに深掘る形でQ2を皆さんにも考えていただきましょう。
登島: 皆さんそれぞれ所属している業界や会社によって、求められる役割が少しずつ違うと思います。そうした中でも、共通している存在理由というのは、「企業法務パーソンとしての思考回路を回せる人間であること」 なんですね。
では、この「思考回路」がどんなものかというと、まずはビジネスの現場で起こっている様々な事象から問題・イシューを抽出できること 。次に、その問題に当てはめるべきルールを導けること 。これは法律、政令、告示、あるいはお客さん、ベンダーさんとの契約、会社のポリシーや社内規則である場合もあるでしょう。さらに3つ目として、目の前の問題に導いてきたルールを当てはめる=適用できること 。そして最後に結論を導出できること 。この一連の思考を回せることが、まさに企業法務に求められていることだと思っています。
登島: 法務機能を果たしている全ての人が、この一連の思考手順をしっかり回し、行動に移すことを期待されていて、今まさにこのセミナーに参加してらっしゃると思います。 お気づきの人もいると思いますが、この思考手順というのは、裁判官、検察官、弁護士がやっていることと同じです。ただ、彼らの目的は紛争・事件の解決であって、我々企業法務の目的はビジネスの推進であるところが決定的な違い かと思います。
法務パーソンに必須の思考フレーム「IRAC」とは? 友澤: 実際に契約書レビューやその他業務を進めるにあたり、先の「企業法務の思考回路」を実践する方法 をより具体的にご解説いただけますか?
登島: はい。まず皆さん、「IRAC(アイラック)」 という言葉をご存知でしょうか?ハーバードロースクールで教えられている論理的思考のひとつで、IがIssue=問題提起、RがRule=規範の定立、AがApplication=当てはめ、CがConclusion=結論 のことです。
登島:「Issue=問題提起」 というのは要するに、生の事実から問題をプチッと引っ張り上げてくるということ ですね。そのために必要なことは、やはり徹底的に事実を収集するということに尽きます。これをやらないとどこに問題があるかわかりませんし、情報収集に漏れがあるとそこに問題が埋もれている可能性もあるわけです。
その事実を収集するにあたって、多くの場合は関係者からヒアリングすることになるかと思います。1人から聞いただけでは、事実かどうかわからない場合もありますので、裏を取ることが非常に重要ですね。そして裏取りできた事実に基づき、法的な問題点を抽出 していきます。これらがいわゆるIssueのフェーズになります。
次に、「Rule=規範の定立」 ですが、法令、判例、既に締結されている契約書、あるいはそれ以外の何か当事者間での約束事、社内規程やポリシーといった社内ルール等のどれに抵触する可能性があるのか。適用の優先順位も含めて考慮する必要があります。非常に複雑に絡み合っているので、正確に優先順位を理解しておかないと間違った答えになってしまいます 。
今度は「Application=当てはめ」 のフェーズです。問題が拾い上げられました、ルールも出しました、となると、今度は出てきた問題にルールを当てはめることになります。バイアスをかけずに当てはめていく必要がありますし、同時に解決策にもルールを当てはめて考えることも大事 になってきます。
最後は「Conclusion=結論」 です。問題にルールを当てはめれば結論が出ると言えば出るのですが、ではそれでおしまいか?というとそうではなく、やはり留意すべきポイントがいくつかあります。特に私が大事にしているのが以下の3つです。
座りの良さ、妥当性 結論確定前の振り返り 結論(解決策)にTo Doと実際のスケジュールを添える 振り返りにあたっては、自身のIRACの思考過程に問題がなかったか、必要に応じて外部の専門家への相談も含めて実施できると良いですね。To Doとスケジュールの設定についても、これは企業法務が企業法務たる所以の重要なポイント です。「これをやってください」で終わらせるのではなく、もう一歩踏み込んで「実際のこの点に関しては、△△部門で○○をいつまでにやってください。検証はこんな形でやりましょう」という形で推進していく 必要があります。
もうひとつ重要なのが、現行の法令を改定する道を探ってみる、新しい立法を促す可能性を模索することです。例えば、今やろうとしている新規事業が、現行の適用法令に当てはめると実現できないとなった時に、法創造機能を我々が果たしていく、ということ です。法曹であれば手をつけないような新しい法を作っていく、というところまで企業法務としてやっていけると良いですよね。
登島: ということで、IRACについて解説してきましたが、この中でもIssueこそ企業法務の腕の見せ所 です。会社に関する基本的なナレッジや経験値は、外の弁護士事務所の先生方よりも企業法務の方が持っているはずで、組織内の人間関係まで含めて精度高くIssueを掘り出すのは、一枚上手であるはずですよね。
友澤: ということで、ここからはIssueフェーズの精度を高めるために、参加者の皆様とケーススタディを元に考えていければ と思います
――IRACのIssueのフェーズを具体的に掘り下げるために、セミナー当日は以下のケーススタディを元にディスカッションを行いました。
Issueに重要な「問題発見力」とは何か? 友澤: 今までケーススタディを通じてIssue(問題を提起する力)を見てきました。登島先生、改めてIssueの振り返りをお願いします。
登島: Issueの精度を上げるために、初動として「事実を徹底的に収集する」 という部分が非常に重要です。ここをどれだけきっちりやるかによって、例えば相手方との交渉でも、圧倒的に迫力が違ってきます。
登島: 細かいことを言うと、「誰からヒアリングするのか」という順番や質問力は本当に大切なので、綿密にやる必要があります。事実確認にあたっては、5W1Hで一つひとつ聞かないといけない んですよね。これを整理しながら聞いていくと、同じことについて何回も聞くことも出てくるわけですよ。相手にとってはしつこく感じられるのですが、あえてそこを突破していかないと、法務としての仕事はできません。納得いくまできちんと聞くことですね。
あと、人を信用しきらないというのも大事なこと です。誰でも自分の都合の良いことは誇張して言うし、都合の悪いことは隠したり、できるだけ小さくして言うものです。こうした人間の本質を踏まえたうえで、何回でも腑に落ちるまで聞く。特に、会社にとって都合の悪い情報もきちんと聞いておくことは、事業を進める上ですごく大事なことだと思います。そして、それぞれの情報についてきちんと裏取りもしてほしいです 。
もうひとつ、バイアスを排除するのも大切 です。バイアスの最たるものが「紙」 なんですよ。つまり、相手から出てきた契約書等のことですが、正直何も書いてないと思った方がいいです。それよりも、その紙を持ってきた人に「どんな話(ビジネス)ですか?」と聞くことですよね。最悪なのが、関係者へのヒアリングもなしに契約書を検討し始めること。契約書に書いてあることが全てであり、正しいという思い込みで検討しちゃってますよね。バイアスの最たるものです。 「当該事業に関わっている人は誰ですか?」「誰がそういうことを言っているんですか?」といった感じで、生身の人間が見えているか? というのが非常に重要なポイントだと思います。
あとは「何も知らないことを自覚しているか」 ですね。わかるまで教えてもらう、理解するまで聞くという姿勢を持ち続けられるか?ということです。
さらに言えば、広い視野を持ち、法務としてできることギリギリまで考える姿勢 も持ってほしいです。
視野を広げ、問題発見力を高める「3次元思考法」 友澤: 本日のアジェンダの最後、3次元的思考、まさに先ほどあった「広い視野を持つ」 とは、どうしたら良いのだろう?というところですが、ぜひ深掘りをお願いします。
登島: はい。視野の広さって大事なのですが、駆け出しの頃はなかなかこれが広がりません。会社や自社サービスのことも市場環境も何も知らない状態ですから、しょうがないことです。それでも、少しずつでもいいから視野を広げていこうというマインドを持つことがまず大切ですね。
視野の広げ方をよりわかりやすくイメージしていただくために、オリジナルで図案化してみました。
登島: まず、y軸は時間軸 です。今のことだけではなくて、将来や過去の話も踏まえて考えることが大切 です。例えば既に決まっている取引条件を変更してくれと言われたとして、交渉相手のベンダーさんはどういう状況なんだろう、とか、この条件を蹴ったらベンダーさんが潰れて、逆にうちの製造ラインが困ることになる、などの将来が見通せるか?ということです。
次にz軸ですが、手前側が自社ゾーンで向こう側が相手方ゾーン です。相手を見ると言っても、交渉相手しか見ていないというケースがよくあったりするわけですが、その相手には当然上司がいるし、さらには関係している法務以外の経理、人事、製造など色々な人がいるわけですよね。自社側も当然同じです。自社側にしても相手方にしても、ヒト・モノ・カネの動きがどうなっているのかな? という観点で見ることが大切です。
さらにx軸ですが、有利な情報なのか不利な情報なのかという点 ですね。特に、不利な情報というのはなかなか入ってこないです。自社の不利な情報を蔑ろにしたり、収集できていない状態で相手と交渉したりすると、最後でひっくり返される可能性が出てきます。つまり、こちらが把握してない情報を向こうが持っていて、条件闘争してくるということです。ですから、不利な情報もひっくるめてちゃんと把握する必要 があります。
この絵を頭の片隅に置いておくと、かなり視野は広がるはずです。この図をもとにヒアリングを行い、当事者の関係図を全部書き出すと、何が収集できていて、何ができていないのかが見えてきます。視野の狭い人は、狭いところの情報だけでなんとか勝負しようとするんです。契約書の条項だけちょっと変えて切って貼ってやろうという考えになるから、思うような交渉ができない ケースが出てくる。 これに対して、視野の広い人は図の全体が見えているから色んな引き出し持っていて、何が来ても次から次へと代替案が出せるわけです。できる限り多くの情報を集めて自分の引き出しの中に入れておくと、交渉は有利、かつスピーディ に進められますよね。
「視野を広げる」と一言で言っても、色々な要素がありましたが、最後は「笑顔と愛嬌」 と書いてみました。特に社内で大切な要素ですね。法務って、基本的には社内で煙たがられる存在であることは重々ご承知だと思います。だからこそ、笑顔と愛嬌を持って関係者に接するということはとても大事かな、と自戒を込めて申し上げておきたいと思います。私の説明はここで終わりたいと思います。
友澤: ありがとうございました。
企業法務とは「ビジネスに線路を敷く仕事」である 企業法務として長年の実績と経験をお持ちの登島先生に企業法務パーソンとしての大切なエッセンスやマインドの持ちようをわかりやすく教えていただきました。最後に登島先生から、企業法務とは「ビジネスに線路を敷く仕事」 であるというお言葉をいただきました。多くの企業法務パーソンの皆さまにとって、今後の指針となる内容となっていれば幸いです。